彼岸花

死は誰にも平等に訪れる。

死は人が成長する上で大きな影響を与える。

何度、人の死を見ただろうか。

十人辺りから数えるのをやめた。

最初に見たのは徳川が実権を握っていた時だった。

いつだったかは覚えていない。

毎回これから死ぬやつの隣に立つと決まってやつらはこう言う。

死神と。

自分が死神と呼ばれているものだとは三回目あたりで理解した。

気が付けば死にかけの人間の隣にいた。自分は死に引寄せられているのだ。そこに意識はない。

そして死神と呼ばれる日々を何度も繰り返した。

次第に自由に動き回れるようにはなったがそれでも夜になればこれから死に逝く人間の隣に立っていた。

このときから普通の人間には自分の姿が見えないと知った。

不思議だった。

死に逝く人間には自分が見え、そうでない人間には見えないのだ。

結論はすぐに出た。

死に逝く人間は限りなく霊に近いのだ。

魂が体から出る直前、人間は生きた幽霊と化す。だから見えるのだとそれだけで理解ができた。

何人か天才と呼ばれる人間の最後も見てきた。

彼らは魂が生まれ持った霊力の消費が常人よりも激しい。いい意味では高出力、わるい意味では燃費が悪い。

人は生まれ持った霊力が空になれば死んでしまう。

天才と呼ばれる人間が短命なのはそういった理由だ。もっとも霊力が空になって死んだ天才は多くないが。

魂に霊力が満たされるのは大体100年と言ったところか。それほど膨大なほどの霊力を人は生まれつき持っている。

ごくまれに常人よりも霊力が多い人間がいるが、そういった人間には見えるらしい。

もっとも人の形をしていないようにみえるらしいが。

自由に動けるようになってから死神と呼ばれるモノが自分一人ではないと知った。

死神は人間となんら遜色ない姿かたちをしている。しかし、霊界と人間界では住んでいる世界が違う。

だから人の形をしていないように見えるのだろう。

だんだんと夜も自由に動ける時間が増えてきた。そのころから無意識のうちにやっていた魂の浄化をやった。

人間の体に定着し、様々なものがついた魂を真っ白な状態にする。記憶、性格、感情。すべてを無に帰す。

何故できるのか不思議でならなかったが、今までのこともあり、さほど深くは考えなかった。もう人間の死に無頓着になっていた。

慣れとは怖いものだ。

気がついたら病院にいた。

目の前には齢十八であろうか、それくらいの少女が眠っていた。

今度はこいつかと思った。

魂が浮かび上がってくるのを待つ。しかし、一向に浮かび上がってこない。

どうしたものかと思っていると、少女が目を覚ました。

これから死に逝く人間にしては元気だと思った。

目が覚めた彼女は周りを見回し、こっちを向いた。そして彼女は

「あなたはだれ?」

と尋ねてきた。

答えなかった。これまで何人もの人間に話しかけてきたが、呪いの言葉にしか聞こえないらしい。話しかけられた人間は毎晩うなされていた。

「黙ってないで答えてよ」

彼女は言う。

これ以上騒がれるのはうるさいので死神だと答えた。

「死神には・・・見えないけど・・・」

驚いた。彼女には言葉としてちゃんと伝わっていた。

「何を驚いているの?」

彼女は再び聞いてきた。

黙っていようかと思ったがまた答えるまで聞かれ続けるのも面倒なので、素直に答えた。

「ちゃんと伝わってことに・・・って、いくら何でも日本語くらいわかるよ。」

そっぽを向いてしまった。

これから死に逝く人間にしては感情が豊かすぎる。

何かの間違いではないかと思い、辺りを見回す。

この部屋には彼女以外、誰もいなかった。

「ねえ、あなた。名前、なんていうの?」

名前はないと答えた。

気がつけば死神と呼ばれていた。それ以外の呼び名を聞いたことがない。

名前と言えば死神なのだろうが、それでは不特定多数の死神をさすことになる。

個人を特定するような名前は持ち合わせていなかった。

「名前、ないんだ。」

彼女はうーんと何かを考えているようだった。

よし。と何か決めたのかこちらに向き直った。

「名前、私がつけてあげようか?」

正直、どちらでもよかった。

名前などなくてもいいと思っていたし、なによりその名前を呼ぶ人間が誰もいないのでは意味がなかった。

答えないでいると、肯定と受け取ったのか、彼女は名前を考え始めた。

しばらくすると、名前が決まったのか嬉々とした表情で言った。

「あなたのなまえはね・・・」

彼女は考えた名前を言った。

ほう、それが私の名前か。

なぜか、妙な気持になる。この感情の正体を私は知らない。

「ねぇ、私の話・・・聞いてくれる?」

このまま魂が浮上するのを待つのは退屈だった。

話を聞くだけなら疲れることもないだろう。

そう思い、黙ってうなずく。それを見た彼女はまた嬉々とした表情で話し始めた。

「ふぁ・・・なんだか眠くなってきちゃった。」

そういって彼女は布団を横になった。

「おやすみ。あなたも寝るならすぐ寝るといいよ。」

死神に寝る必要はないのだが、彼女は私を死神だと思っていないらしい。

気が付くと、彼女はすうすうと寝息を立てていた。

空を見上げる。

窓から見える月はなぜか蒼白く光っていて部屋をほのかに照らす。

彼女から魂が離れる様子はない。

これは長引くなと思った。

翌日。またあの病室に立っていた。

「あ、また来たんだ。」

彼女はこちら見て行った。

なぜ彼女は私の姿を認識し、言葉が伝わるのか謎だったが、深く考えないことにした。

「ねえ、また私の話し相手になってよ。」

彼女はこちらを見て行った。

私はベットの隣まで行く。立ち止まった所で彼女は話し始めた。

夜は長い。彼女の話は夜が明けるまで続くような気がした。

それほどまでに彼女は嬉々とした表情で話し続ける。

私は黙っているだけなのだが、彼女はそれでも話を続けた。

まるで、誰かと話をしたかったようだった。

翌日、気になって昼間に病室をのぞいてみた。

彼女は一人で、ぼうっとしている。

夜のあの嬉々とした表情が嘘のようだった。

時々、看護婦が巡回に来る。それでも彼女は黙っているだけだった。

それ以上に気になったのが、誰も見舞いに来ないのだ。

長年、死に逝く人間を見ていたからわかる。昼間は必ず誰か隣にいた。

しかし、彼女は友人どころか親まで見舞いに来ないようだった。

夜、聞いてみた。

「あ、昼間来てたんだ。」

たまたま、通っただけだと答える。

「顔見せてくれればよかったのに。まぁいいけど。」

そういって彼女は一拍おいて話し始めた。

「私ね、昔から体が弱かったんだ。いつも風邪ひいたりしてた。入院するのも多かった。最初のころは友達がお見舞いに来てくれてたんだ。でもねそれがだんだんと減って行ったんだ。両親も、来なくなってからどれぐらいたつのかな。もう覚えてないや。たぶん、私はこの病室から出られない。けど一回でいいから、綺麗な花がたくさん咲いているところに行ってみたいなぁ・・・」

それが彼女の願いだった。

あいにく、綺麗な花が咲くところなど私は知らない。

ただ、彼女の願いを聞き届けたくなった。理由は分からない。

「まぁ、無理なんだけどね。」

彼女の目尻には涙がうっすらとたまっていた。

彼女なりに自分のことが分かっているのかもしれない。

「えへへ。もう寝るね。・・・おやすみ。」

こうして彼女はまた一人、殻にこもるのかもしれない。

ただ私には何もできない。

涙をぬぐうことも、今から花畑に連れて行くとも言うこともできない。

死神とはそんなものだ。

彼女はだんだんと衰弱していく。

彼女が話す時間がだんだんと減って行けば誰だって気づくだろう。

「ねぇ、死ぬってどういうことなのかな。」

彼女が唐突に聞いてきた。

私は今までしてきたことを端的に答えた。

彼女は少しきょとんとした表情をしてすぐにこう答えた。

「じゃあ、あなたにはまた会えるのかな。」

魂はなくならなくても、彼女の魂はまっさらな状態に浄化される。

それはもう彼女とは言えないだろう。

そう告げると彼女は少し怒った表情をした。

「もう。なんでそこで『また会えるさ』とか言えないの。でも、なんだかね。私、あなたとまた会える気がするんだ。」

どういうことなのかわからなかった。

先ほども説明したとおり、彼女の人間としての魂は完全に浄化される。二度と彼女が私の前に現れることはない。

「理由は分かんないんだけどね。あ、あなたの言ってることが理解できなかったとかそういうのじゃなくて。ただ、そんな気がするんだ。」

そういうものなのかと考えていると彼女は私の心を読んだようにこう答えた。

「そういうものよ。」

そうか、と納得してみる。不思議と自然にできた。

多分、彼女はもう長くない。

明日か明後日か。はたまた一週間後か。それは彼女の霊力次第だった。

日に日に咳がひどくなっていく。

もう彼女は夜、話せなくなっていた。

それでも彼女は私が現れるたびに決まってこういうのだ。

「来てくれたんだ。でも、ごめんね。話せそうにないかも」

目に見える霊力はもう残り少ない。それは彼女の寿命があとわずかということを表していた。

どうやら私は彼女の願いをかなえることはできなそうだ。

「ねえ、あなた本当に死神なの?」

彼女はうつろな目で聞いた。

そうだと答えると、彼女はうれしそうに答えた。

「私、あなたに見届けられるのは少しうれしいかも。」

今まで感謝などされたことがない。

彼女との出逢いはそういったことが多かったように思える。

彼女は再びこちらへ向いた。

多分、これが彼女とかわす最後の会話だろう。

「ねえ、また会えるかな?」

「また会えるさ。きっと」

彼女は微笑んだ。

そして、彼女は目を閉じ、眠りについた。

彼女が目を覚ますことはもう二度とない。

彼女の魂が浮かんでくる。

私は浄化をし始めた。

ただ、何故か涙があふれてくる。

彼女の死はどうやら死神である私にも影響を与えたらしい。

彼女の魂から情報が流れてくる。

どうやら彼女の病気は結核だったらしい。

もう長い間、彼女は病気と闘っていた。

だんだんと彼女の魂から彼女の記憶がなくなって行く。

真っ白になった魂は、上へ上へ昇って行く。

終わるころには涙は止まっていた。

数日後。彼女の葬儀が行われ、彼女の墓が立った。

彼女の墓の周りにはたくさんの彼岸花が植えられていた。

どうやら、彼女の願いはかなったらしい。たくさんの花に囲まれた彼女の墓を見た後、立ち去る。

ふと、何かが頭をよぎった。それは彼岸花の花言葉だった。

たぶん、いま私は笑っているのだろう。

なぜか彼女が遠くで同じように笑っているような気がした。

彼女の病気は当時としては不治の病だった。

彼女がもっと後の時代に生まれていたら確かに結核は治っていたかもしれない。

だが、死は誰にでも平等に訪れる。遅いか早いかのわずかな違いだけだ。

それでも、人間は必死に生きようとする。それは、大切なことかもしれない。

ただ、知っていてほしい。

自分たちの知らないところで誰かが死んでいくことを。

いちいち悲しんでほしいなどと言った戯言は言わない。

ただ私は、彼女のような悲しい最後だけは嫌なのだ。

だから私は死神だということを誇りに思おうと思う。

私が彼女のように一人で死に逝く人間たちの最後をみとることができるように、きっと人間も誰かの隣にいることができるのだ。

最後の最後まで。

いつの時代も、それが変わらずに続いて行くか私は見届けようと思う。

そして、いつの日か彼女とまた会う日が来ることを信じて、今日も私は誰かの最後を見届けに行く。

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