浮遊

白い世界。
そこにはただ浮いているという感覚があるのみで、動こうとしても動けない。
一体ここはどこだろう? そんな疑問が頭をよぎる。
「やあ、ようやく会えたね。」
目の前に立った青年はそういった。その青年の顔や声に覚えはない。
「知らなくても無理はないよ。僕と君は初めて会うのだから。」
青年は微笑む。その笑みはまるで本当に心待ちにしていたかのようだった。
「ずっと君のことをここで待っていたんだよ。」
青年は手を差し出した。その手は真っ白で生きているのかと疑うような色をしていた。
この手を取ってはならない。
私の直感がそう告げる。
「何をそんなに警戒しているんだい?」
青年は穏やかな表情で近づいてくる。こちらも離れようともがくが、体は一向に動いてはくれない。
「怖がらないでくれよ。少し傷つくじゃないか。」
青年のその声は本当に悲しそうだった。その声に私は思わず気を許しそうになる。だが、それも一瞬。すぐに離れようと再びもがく。
「無駄だよ。ここは精神世界……僕の世界。君は動くことすらかなわない。」
一体、この青年は誰だ? どうしてこんなことをするんだ?
その疑問はずっと消えない。
「僕の正体も目的もすぐに分かるよ。手を取ってくれればね。」
ぷかぷかと浮かぶ青年は俺の目の前に止まるが、手をつかもうとせずにずっと差し出したままだった。
「君が手をとってくれるまで僕はずっとここにいよう。」
青年はその言葉の通り、ずっとそこから動かなかった。
どれくらいの時間が過ぎただろう、本当に青年は動かなかった。
「さぁ手を取って。」
時々発する言葉はそれだけだった。
もういいだろう。
私はその手を取ろうと力を入れた。今度はすんなり動けた。
「ようやくとってくれたね。」
そこで私はすべてを知った。
ああ、この青年は……。
浮かんでいた感覚がなくなり、落ちていく。
つかんでいた手はいつの間にかなくなっていて、次の瞬間には青く澄んだ空が目に映った。

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