小さな百合

花が咲いていた。

綺麗な白い花だった。

今でもはっきりと覚えている。

小さなゆりの花だった。

何故、その花を覚えているのかわからない。

思えばどこで見たのかもよくは思いだせない。

たしか小学生の時だったような気もすれば高校生の時だったような気もする。

ただ暑い7月だったのは覚えている。

そういえば、その百合はいつも同じ場所で咲いていた。

ああ、思い出してきた。

彼女は今どうしているか。

彼女は百合の花が好きだった。

百合を眺める彼女の横顔が無邪気で、多分・・・恋してたんだと思う。

気がつくと家についていた。

時が流れ大学を卒業し、そこらの会社に就職し、家を出た。

百合の花が咲く頃には戻ってきているようだったが、それ以来、彼女とは会っていない。

アスファルトの道路から土の上に足を移す。

ふと、横を見るがそこには百合の花は咲いていなかった。

こんな暑い日に百合の花を見て懐かしい記憶が蘇ってきたのだろう。

彼女と最後にあったのも確か・・・こんな暑い日だった。

* * * * * * * * * *

どうも9月の気温はなれない。

暑さなら夕方でちょうどいいくらいにはなるが、昼間との寒暖差が半端ないのだ。

半袖薄着で出てきたはいいものの汗が夜道に冷える。

凍え死ぬ寒さではなく肌寒いくらいの寒さがかれこれ25分以上続いている。

家の中に入れば冷房という凶器に殺されかけるだろう。

憂鬱だ・・・。

薄暗い道を歩く。

家まではもう少しだった。

「あ、結城くん。今帰り?」

「ああ。今年受験だからな。頑張るしかないだろう。」

「そうだね。いまから忙しくなるもんね。」

そういう彼女は、微笑んでいた。

余裕にも見えるその表情に苛立ちを覚えないのは彼女の人徳故だろう。

「今日も学校休んでただろ。そろそろ出席日数、やばいんじゃないか?」

「あははは・・・」

「まぁいいけどな。あまり無理はするなよ。」

「わかってるよ。またね、結城くん。」

「ああ、またな。」

そう言うと彼女は家の中へ入っていく。

それを見届けると再び帰路についた。

家につくと案の定、冷房という凶器に俺は殺されかけた。

急いで、部屋へと駆ける。

昼間、窓を明けてなかったせいでジメッとした空気が部屋にこもっていた。

窓を開けると涼しい風が入ってきた。

しばらく風にあたったあと、かばんから一枚のプリントを出す。

それは判定表といわれる、志望する大学の合格ラインに届いているか、合格する確率はどれくらいかをA~Eで評価されたものだ。

そこに大きく書かれたEの文字が書かれていた。

『お前の成績だと他のレベルの高い大学には行ける。志望校を変えたほうがいいだろう。』

担任の言葉が響く。

頑張ってきたつもりだった。

成績は1年の時に比べ、倍以上に高くなった。

だが、それだけじゃ届かなかった。

このプリントは親には見せられない。

ため息をつくと、プリントをかばんにもどす。

机の上においてある問題集を解く。

これも青春と言われればそうなのだろうが、思い描いていた青春とは違った。

夜風が、やけに冷たく感じた。

* * * * * * * * * *

「ただいま」

誰もいない部屋に虚しく言葉が響く。

一人暮らしというものに慣れると、家に誰もいないことが普通になってくる。

しかし、最初の頃は辛かった。

腹をすかせて帰ってきてもご飯はできていないし、湯船に浸かりたくなっても風呂は湧いていないのだ。

必然的に弁当やインスタントに行き着く。

ゴミ箱には一週間分の弁当やカップラーメンのゴミが入っていた。

そろそろゴミの日だろう。まとめておかなければな。

冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出す。

普段はあまり飲まないのだが、何故か無性に飲みたかった。

プシュッと小気味のいい音が響く。

仕事をするようになってビールの旨さを知った。

大学4年の時に飲んではいたが、その時は旨いと感じたことはなかった。

ビールというものは周りの環境で味が変わるものなんだと入社1年で思った。

気がつけば一缶飲み干していた。

二缶目を飲む気にはなれなかった。

ネクタイを乱雑に解く。

静寂に耐え切れなくなりテレビをつけた。

なれたつもりだったが、やはり今日はどこかおかしいようだ。

テレビではお笑い芸人が馬鹿笑いしていた。

そんな笑い声さえ入ってこなかった。

テレビの横に飾ってあった一枚の写真。

そういえば今年は・・・。

* * * * * * * * * *

「あけましておめでとう。今年もよろしく。」

「結城くん、今年もよろしく。」

「いまから初詣に行くんだ。良かったら一緒に行かないか?」

「いいよ。ちょっとまっててね。」

そういうと彼女は家の中へと入っていく。

あと20日でセンター試験だ。

本当はこんなことをしている余裕はないのだが、いい気分転換になるだろう。

道路には白い雪が積もっていた。

珍しく去年の12月は雪が多く降った。

今年もしばらくは雪が降る日が多くなりそうだ。

「おまたせ。」

「それじゃ、行くか。」

ならんで近くの神社へ。

会話の内容なんて勉強はどうか、とかセンターどんな問題出るのかとかそんないかにも受験生という会話だった。

彼女は地味に頭がいい。

俺よりか遥かに頭がいい。

実際、俺がE判定を食らった大学に彼女はA判定。

それだけでどれだけ差があるかがわかるだろう。

俺がその大学を目指した理由は他にあるのだが、結局一つランクを下げた大学を受験することにした。

受験料だって馬鹿にならない。

結局、俺は彼女の第一志望の大学を受験しなかった。

チャリンという小銭が落ちる音が聞こえる。

俺達の番まではもうすぐと言ったところだった。

5円を入れ、手を合わせる。

ちらっと横を見ると目をつぶり、手を一生懸命に合わせる彼女の姿があった。

「さ、行こう。」

「あ、ああ・・・」

彼女が微笑む。

胸がドキッとした。

前から自覚していた。

だけど、言う勇気がなかった。

だから、せめて同じ大学に行ってチャンスを作ろうとした。

しかし、それができないと知った時、わずかながらの痛みが走った。

いっそのこと、このまま諦めるか。

そう思い、志望校を変えた。

正直、悔しかった。

帰り道に、何を話したか俺はよく覚えていない。

気がついたら家にいた。

最後のチャンスを自分で無駄にした。

窓の外では白い雪が降り始めていた。

* * * * * * * * * *

テレビの音で目覚めた。

どうやら寝ていたらしい。

テレビを消し、シャワーを浴びる。

寝汗をかいていたのだろう。

ワイシャツがすこし汗くさかった。

シャワーを浴びたあと、ベットに腰掛ける。

明日から連休だ。

実家に帰るいい機会かもしれない。

スマートフォンを取り出し、実家に電話をかける。

深夜2時というのに、電話に出た親に明日帰ることを伝える。

不思議に思っているようだったが、何も聞かずわかったとひとことだけだった。

電話を切ると、電気を消し布団に入る。

睡魔はすぐに襲ってきた。

* * * * * * * * * *

桜の花が咲いていた。

手元には卒業証書と、集合写真があった。

第一志望の大学に合格し、そのまま何事もなく無事に卒業することができた。

友との別れに涙するもの。

恩師に感謝の意を示すもの。

桜の木というのは不思議なもので、出会いと別れを象徴する木のように思えてくる。

「結城くん、一緒に帰ろう?」

「ああ。」

小さな頃から一緒にいたので不思議と悲しい気分にはならなかった。

彼女は何事もなく第一志望のあの大学に合格した。

あの大学は県外なので彼女は一人暮らしを始めるそうだ。

大丈夫かと聞いたら彼女は大丈夫と即答した。

本当は心配だったが、それ以上は何も言えなかった。

無理やり言葉をしぼり出す。

出てきた言葉は自分でも何を言っているのか意味がわからなかった。

しかし、彼女はとてもうれしそうに微笑んだ。

そして「うん、ありがとう。」と一言。

気がつくと彼女の家についていて、そのまま別れた。

結局、俺は彼女に思いを伝えることはできなかった。

できたところで、県外となれば会うことも難しいだろう。

それだけは嫌だった。

彼女の重荷になりたくなかった。

そう自分に言いきかせる。

本当は勇気がなかっただけだとわかっていた。

* * * * * * * * * *

翌朝、目覚めると荷物をまとめ実家に向かう。

電車に乗り、2時間。

県をまたいだところに実家はあった。

電車を降りて実家まで歩いて向かう。

あの時と変わらない風景が懐かしかった。

ただ、7月の昼間の気温は暑く、汗が流れ落ちる。

早く冷房の聞いた部屋に入りたい気分だった。

しばらく歩いていると、実家の屋根が見えてきた。

ふと、横を見るとあの白い百合の花が咲いていた。

あの時と変わらずその場所で白い百合は可憐に咲いていた。

実家につくと、冷房の効いたリビングに真っ先に向かった。

「もうそんな時期なのね・・・」

「お袋、覚えてたのか。」

「結城は忘れてたの?」

「写真を見て思い出したよ。だから、帰ってきた。」

「そう・・・。じゃ、行こうか。」

「そうだな。」

もう少し休んでいたかったが、いろいろと行く場所もある。

出された麦茶を飲み干すと、俺は車を動かした。

* * * * * * * * * *

「結城!!」

「・・・?一体、どうしたんだよ。」

家に帰るとお袋が取り乱していた。

その様子は普通じゃなかった。

ただ、その内容は俺にとっても酷な内容だった。

「嘘だろ・・・そんな・・・」

それは彼女が死んだ、という内容だった。

膝から崩れ落ちるというのはこういうことなんだと何故か冷静に考えていた。

信じられなかった。

あの嬉しそうに微笑む姿が脳裏に浮かぶ。

それがきっかけだった。

溢れ出る涙が、止まらなかった。

泣きつかれて寝てしまったのか、目が覚めると朝だった。

それから数日は何をするでもなく、ただ、無気力だった。

彼女の葬式の案内を見て家から出たのが彼女が死んでから初めて家を出たということをよく覚えている。

葬式会場には見知った顔がたくさんいた。

皆、黒い服を着てなんとも言えない顔をしていた。

葬儀がはじまり、焼香を上げる番が来た。

棺に収まる彼女は安らかな顔をしていて、首にある赤い跡を消そうと死化粧をしていた。

あの微笑む彼女とは違った顔がそこにはあった。

夏の幻と信じたかった。

嘘だと思いたかった。

でも、そこにある彼女の顔が真実だと突きつける。

あの無邪気に笑う彼女の顔がもう一度見たかった。

それはかなわない。

そう悟った時、涙が堪えられなかった。

人前で声を上げて泣いたのは初めてだったかもしれない。

彼女が入った棺が運びだされる。

見送る友人の顔にも涙が浮かんでいた。

帰り道、通った彼女の家には白い百合の花が咲いていた。

* * * * * * * * * *

道中、白い百合を買い、彼女の墓へと向かう。

今年は彼女の13回忌だった。

線香を上げ、手を合わせる。

夏の日差しに白い百合が反射していた。

実家に帰り、少し休んだ後、ふらっと彼女の家に向かった。

彼女の母親に会うと、何も聞かず家に入れてくれた。

彼女の仏壇に手を合わせる。

写真の彼女はあの時と同じように微笑んでいた。

「庭の百合を見てもいいですか?」

「ええ。」

彼女は確かいつもこの辺で白い百合を見ていた。

縁側に腰を下ろす。

確かに白い百合が綺麗に見える。

「綺麗だなぁ・・・」

「でしょ?」

俺は驚いて横を見る。

しかし、そこには誰もいなかった。

白い百合に視線を戻すと彼女がいるような気がした。

あの時言った、「庭の白い百合が咲く頃には帰ってこいよ」という言葉が風に吹かれて戻ってきたような気がした。

* * * * * * * * * * *

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