「なるほど。確かにそれは面白い話だね。」
「ですよね。九十九さんは何かありますか?」
春奈さんは嬉々とした表情で訪ねてくる。今話しているのは聞いたことのある昔話だ。春奈さんは白ユリの話をしてくれた。
「そうだな……。なら鏡の話をしよう。」
「鏡……ですか?」
「そう、鏡。昔々……」
とあるところにとてもきれいな娘がいたらしい。その娘は誰もが、うらやむほどの美貌で村中から大切にされていた。娘はたちまち傲慢になった。
ある日、娘が村を歩いていると、一人の老婆に出会った。
『痛たたたた』
老婆は腰を痛め、道にうずくまっているようだったが、娘はそれを無視して通り過ぎた。娘が振り返ってみると、老婆はじっと、こちらを見ていた。だが、娘はそのまま無視して家に帰った。
その日の夜。娘の父親が珍しく鏡を持って帰ってきた。
『それは一体、何?』
『ああ、この鏡かい。道路で倒れている老婆を助けたらお礼にもらったのさ。それにしてもお前はいろんな人に知られているんだなぁ。この鏡は私が持っていてもあれだからお前にやろう。』
父親は鏡を娘に譲った。漆が塗られた見るからに高そうなその鏡をもらい、娘はとても喜んだ。さっそく鏡を覗いてみた。だが、鏡には何も映らなかった。
『父上、何も映りませんよ。』
『そんなはずはないよ。……ほら、私の顔が鏡に映っているじゃないか。』
娘が鏡をみると、確かにそこには父親の顔が映っていた。だが、何度試しても娘の顔が鏡に映ることはなかった。
それから数日がたったある日、娘は突如としてこの世を去ってしまった。当然、親は悲しんだ。そうして、娘の死を悲しんでいると、あの老婆がやってきた。
『娘さん、残念だったね……。』
『そういえば、あなたにもらった鏡なのですが、娘が一回も映らないと言っていたのですが……。』
娘のそばにあった鏡を老婆に見せる。鏡には娘の父親の顔“のみ”が映っていた。
「そのあと、驚いた父親が見てみると、そこには老婆の姿はなかった。……っていう話。」
「……それは夏にやる話ではないのでしょうか……。」
「そんな気がするよ。」
笑い声が二人の間に響く。
ずっと、このまま続けばいいのにと、そう思った。